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『 THE ART OF LOVING 』

2014年04月23日

学生の頃のうろおぼえな記憶なのですが…。
A子とB子が1人の男子に想いを寄せていたところ、その男子はA子を選び、間断なく、B子を選ぶという件がありました。「手近な間で気持ちが動くの?」とB子が複雑な気分でいたところ、C子が次のような慰めの言葉を言いました。「A子が鮭茶漬けで、B子が梅茶漬けってわけじゃないよ!(もっと自分に自信を持って!)」と。カッコ内は傍らで聞いていた私の推測なのですが、鮭茶漬けと梅茶漬けのフレーズが面白くてそこだけ鮮明におぼえているのだけれども、果たしてB子の方が上と言っているのか、A子がステーキならB子は寿司と言っているのか、慰めになるのかならないのかよくわからないセリフでした。因みにこの場合、何をもって2人を比較しているのかは、性格を含めた全体というよりは明らかに”みてくれ”だということは暗黙の了解だったように思います。
前置きはともかくとして、学生の頃は私も「恋愛や人生のラッキーなことに関しては断然容姿がものをいう」という巷に溢れかえっている通念を信じたくなくても信じていました。しかも「愛する」より「愛される」方がずっと幸せなことだとも思っていました。周囲にはキラキラ輝いていた女子学生が多く、何もかも人生が上手くいっているように見え、いいなあ…と羨ましくさえありました。ところが少しずつ年月が経つと、恋人同士でも夫婦でも、いい恋愛や愛情関係を保っている人たちというのは、男性も女性も容姿など関係なく、どうやらもっと別の何かが関係しているのではと見えてくるようになりました。じゃあ、それは一体何なのか?
そんな疑問と興味を抱えていた頃に出会ったのが、エーリッヒ・フロム著、鈴木晶訳 『愛するということ』でした。
原題は 『THE ART OF LOVING 』。「愛する技術 or 愛するという技術」で、この場合 art は芸術ではなく技術を意味します。エーリッヒ・フロムは新フロイト派の一人であり、ドイツの精神分析家です。この本を一言で表すならば、「愛は生まれながらに誰もがもっているものではなくて、技術なのだから取得して磨いていく必要がある」ということでしょう。愛や愛するという行為は、人間や社会に最初から当たり前に存在するものではないのです。まずは教えられ、学び、試行錯誤し、練習に練習を重ねて身につけていく必要があるのです(但しお気楽なハウツー本ではありません)。しかもフロムの唱える大人の成熟した愛は、「愛される」ではなく、「愛する」という能動的なものです。また愛は、「もらった、もらっていない」という量ではかれるものではないと言います。
「親の愛がなかった、足りなかった」「愛する対象がみつからない」「私は人から愛されない」「私は人を愛せない」などの愛にまつわる苦悩は、人間にとって根源的なものですよね。この本は簡単ではないけれどそんなに厚いものでもないので、興味のある方にはお薦めします。
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