2026年09月11日
「子どもが見る世界は、大人が見ている世界とは全く違うんですよ」とは、臨床を学ぶ上で教えられた、よく思い出す言葉です。それは単に目線が低いから、見える範囲や角度が違うというだけではありません。
このことは、私たちは前意識(意識と無意識の中間にあって、見え隠れするもの)辺りで、実はよくわかっていることだろうと思います。静かに子どもの頃を振り返ってみると、世界の見え方が全く異なっていたのではないでしょうか。恐怖や不安、脅威に感じていたものは多かったですし、反対に大人から見れば何でもないことがキラキラ輝いて見えたり、驚きに満ちた世界であったりもしました。
先日、私事の告別式に出席した折にもそのことを思い出しました。参列者の中に、私が小学生の頃一度ほど会ったことがある成人男性がいたのですが、面影が残っていてすぐにわかりました。その人は当時2歳くらいの子。子どもたちだけで一緒にアニメを観る機会があり、ドラえもんだか何だかを観ていたように思います。
海の中をホオジロザメの顔がグングン画面いっぱいに近づいて来ては遠ざかり、また近づいてくるという『ジョーズ』さながらのシーンが流れ、その子は立ったまま固まり出し、目に涙をいっぱい浮かべはじめ、今にも泣き出しそうな顔になって皆で慌てふためく、その泣かんばかりの様子もまた可愛し…というところで私の短い記憶は終わっています。恐らく、彼はそんな記憶などおぼえてもいないでしょうが、当時の幼子にとってはさぞや恐怖だったのでしょう。
こういった小さな恐怖体験を乗り越えながら私たちは成長していきますが、これが例えば何年も続く恐怖、例えば戦時下の子どもたちの場合はどうなるのか。戦時下が極端ならば、両親不和ならばどうなのか。大人同士には「ちょっとした言い合いや無視状態」のつもりが、子どもは全く違う感じ方をしているかもしれません。時には想像力を働かせ、今現在の子どもたちの世界、そして自分の子どもの頃の世界を感じてみることも大事なのではないでしょうか。
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ブルーラメの赤ちゃん誕生
2026年08月29日
大人向けの童話という触れ込みの『涙の箱』(ハン・ガン著、きむ・ふな訳、2025)を読みました。
これは何かにつけ涙が流れてしまう子どものお話です。
悲しい時や辛い時だけでなく、美しい自然の移ろいを感じても涙を流す子どもです。
主人公はこの子ですが、他に2人の登場人物がいて、主人公が3人ともいえるのではないかと思います。
もう1人は、人生で一度も泣いたことがない、涙が目に溜まったこともないお爺さんです。
残る1人は、「純粋な涙」を探し求めて歩く涙商のおじさんです。
おじさんの定義によれば、純粋な涙は子どもの純真無垢な涙ではないのです。「怒りも恥ずかしさも汚さも避けたり隠したりしない強さ」をもったものが、純粋な涙なのです。だからおじさんは子どもに言います。「君の涙は愛に満ちた涙だけれど、まだ多くの色彩、つまり時間が必要だよ」と。
「いろんな色彩の光を混ぜ合わせれば透明な色になる」と。
これは抗えない時間と経験を沢山積んでしまった私たち大人へのエールだと思いました。
待合のところに置いておくので、良かったら御一読を。

『涙の箱』(2025)ハン・ガン著、きむ・ふな訳、junaida 挿画
2026年08月20日
カウンセリングとは、「自分を知る」共同作業です。
なりたい自分になるためには、まずは自分がどんな人間なのか、「自分を知っていく」必要があります。自分を知らなければ、行動や考え方の転換ははかれません。
自分はどういう時にどんな反応をするのか、どういう世界観を持って生きているのか、どういうものに価値を見出しているのか、人からどういったイメージを持たれやすいのかなど、「自分」を巡る規定はたくさんあると思います。
自分が思っている「自分」と、他者が思っている「あなた」との間に、ギャップがある場合もあります。
「自分」を形成しているのは、生来の気質も関係しますが、むしろその人の歴史や記憶、そして過去から現在へと至り、今も続く環境でしょう。環境とは対人関係ですが、時代や文化の影響も免れないでしょう。
深い自己理解は自己変容につながります。その作業は対話型生成AIにはできないと思います。生成AIに意識や感情はなく、あなたの存在を見たり感じたりなどはしていません。
「生成AIとの会話に慣れすぎると、真の対人関係で立ち行かなくなるだろう」と指摘した人がいましたが、正にそのとおりだと思います。生成AIは限度を超えて忍耐強く、怒らず対応してくれますが、そのような一方向の関係性は赤ちゃんの時くらいなものでしょう。
リアルな対人関係は相互作用を通し、感覚を磨きながら、人との関係性を築いていくものなのだと思います。
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cotton candy maker?
2026年08月15日
お盆(旧盆)を迎える頃には秋の気配がしてくるよと小さい時からよく言われていましたが、8月も第2週に入ると夜は草叢から虫の音が響くようになってきました。
来週以降はまた猛暑だそうですが、季節の移ろいを多少なりとも感じられることは幸せですね。涼しくなったらこれをしよう、あれをしようと先延ばし?、思案もまた楽しの日々を過ごしています。
短い休日にプチ・リトリートをしてきました。身体と心、精神のリフレッシュ、日常からの離脱は必要です。

Moss Temple
8月の苔は全く元気がありませんでしたが、暫く眺めていると急に天から陽が射してきました。

water lily

lotus bud
西方浄土を思わせるような場所でした。
入館の時に火のついた御線香を1本いただけてそれをお供えするのですが、伽羅(きゃら)の香りとか言っていたような…。
落ち着いていろいろなことを考えながら歩いていました。

蝉の置き土産
2026年08月01日
8月に入りましたね。
長い夏休みのある方も、特にない方も、この一月をどのように過ごされるのでしょうか。
ここのところオフィスの整理、機能強化(?)ということで、10数年前のルーターを買い替えて設定したり、NTTの回線を整理したり、プリンターもやっと新しくして繋げたりしていました。自分で設定できるかドキドキものでしたが何とか無事できました。素人には各機器選び自体が難しいのですが、最近は電器屋さん売り場の店員さんたちに、わからないことは何でも聴くようにしています。整理整頓は8月もぼちぼち続行です。
そして隙間時間には、認知行動療法(CBT)のメッカ、Beck Institute の講義をオンデマンドで受けています。昨年アレン・ミラー先生の講義を都立大で受け、その続きといったところです。認知行動療法は「その人の考え方が感情や行動を左右する」という理論に基づいたセラピーで、最もポピュラーなセラピーとされているかと思います。臨床心理専攻の学生たちも最初に一番よく学ぶセラピーではないでしょうか。
でも、私はこのセラピーがあまり面白くないと感じていて、実地ならともかくオンラインの講義はとても苦行ですぐ眠ってしまうんです。ソクラティッククエスチョンとも違って理屈っぽいというか、形式ばっているなぁというか…。しかも講義は膨大な量の資料が付与されているのです。でもやはりちゃんと知らないと物を言えないと思うので、しっかり学ぼうとは思っています。
認知行動療法(CBT)をはじめとする様々なセラピーは、各心理療法の理論、技法が部分的に多少オーバーラップしてきているのかしらと思える昨今です。

7月の雲
2026年07月30日
酷暑の中、熊本で再び大地震が起きました。
所属する学会の熊本で病院を経営する先生から、拡散希望の「支援のためのYouTube」がメーリングリストで送られてきましたので、ここに貼付しておきます。
http://www.youtube.com/@jemdrahap
「ホーム」ではなく「動画」をクリックすると、11本のビデオが出てきます。災害初期対応1~3について、長くて10分くらいの動画ですので見易いかと思います。
ここは東京ですので遠方で起きた災害かもしれませんが、御家族や親戚、知り合いのいる方もいらっしゃると思います。ビデオは2016年の熊本地震の時に作成されたものですが、何かの参考になればと思います。
また現地の報告によれば、停電による断水、備蓄米があっても精米機が停電で使えない、スーパーは軒並み休業、コンビニにあるのはお菓子とタバコだけ、集合住宅のエレベーターの禁止、など沢山の支障が出ているようです。
余震が続く状況で、猛烈な暑さの影響も心配されます。
被害に遭われた方々に、心からお見舞い申し上げます。

2026年07月26日
尋常ではない暑さが続きますね。
こういう時こそ睡眠と食事(塩分と水分摂取も)に気を付けたいものですね。
睡眠時のお薦めは、ペットボトル500ml に水を入れて凍らせたものを用意することです。私はタオルを巻いて抱えて寝ています。これはアイスノンより断然いい。室温28度くらいでエアコンを使いながらですが、氷は朝まで溶けずに残るか、溶けてもキリっとした冷水のままで気持ちいいです。

栽培中のオクラ:上向きで成るのねぇ…