2025年12月28日
今年も間もなく終わろうとしていますね。
本日無事仕事納めを迎えることができました。ご利用いただきました方々、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。
今年はどのような一年でしたか。
最近読んでいた学術書に次のような記述がありました。
「今の苦悩の原因は、親や環境、トラウマ、疾患などにあるのかもしれないが、現状の責任をとれるのはあなただけなのです」といった内容でした。「責任をとる」というと、厳しく突き放された印象がしますか?
私の解釈では、セラピーにおいて「責任をとれるのはあなただけ」というのは決して自己責任論ではありません。「あなたの人生という物語の主人公になれるのは、あなたしかいないのだよ」という、至極当然ながらにして忘れられがちなことを指しているのだと思います。
ですから「あいつが悪い、こいつが悪い、あいつのせいだ」という他責の思考が長く続く場合、「いつも他者を責めている私って、一体何なのだろう?」と、「私」に対する眼差し、興味関心を深めていくことの方が、人生をずっと豊かなものにしてくれます。そしてこのとき伴走できるのが、セラピストである私たちの存在なのでしょう。
来年の私の課題は、臨床だけではなく、今年に引き続き「心理療法とは何か」「生とは何か、幸せとは何か」といったことを学術的、学際的に考えていきたいと思っています。
お正月休みは、課題本を読むのとプロジェクターを使った映画鑑賞、少々の料理、ゴロゴロ…に時間を割きたいと思います。事始めに、以前教えていただいた『コンビニ人間』(2016,村田沙耶香著)をやっと読み終えました。唸りました。

2025年12月24日
今年のニュースで、子どもたちにとっては「AIカウンセラーのようなものの方が心の内を相談しやすい」というものがありました。気軽に使えるというだけではなく、誰にも言えない、言いたくない悩みや秘密を実際の人間よりも打ち明けやすい、心理的負荷が低いというのがあるようです。これはとてもよく理解できます。よく知らない人に相談するのはハードルが高いものですよね。一方で、AIに相談していた子どもが自殺してしまい、親が企業を訴えるという海外の報道もちらほら見聞きしました。
昔、祖母が在宅で寝たきりになったときに、喋る赤ちゃん人形(ぬいぐるみ)が与えられたことがありました。撫でたり話しかけたりすると短く応答したり、「抱っこ~」と甘えてきたり、時々おならもするのです。祖母は喜んでいて、それを眺めた人たちも笑っていましたが、半分認知症の高齢女性を随分舐めたものだと私は内心冷ややかに感じていました。案の定、人形は程なくして飽きられ、見舞客がたまに来ると話のネタの一つになるくらいでした。
この手の人形は今どのくらい進化しているのでしょう?AIを搭載してもっと豊富なコミュニケーションができているのかもしれないし、まだだとしても時間の問題なのでしょう。
そういえば、カズオイシグロの小説『クララとお日さま』は、クララというAIロボットの話でした。クララは裕福な家庭の子ども向けに造られたAF(Artificial Friend 人工親友)であり、知能が優れて高く、思考も感情もあって、買われていった先の家庭の病弱な女の子と親友となって最後までその子に寄り添おうとしていました。ただ、クララはAFとしてのスペックは最新ではなく、最後はスクラップ工場へ追いやられます。
二次元のAIの人間相手(カウンセラーや親友、恋人、結婚相手など)が出てきて、三次元も時間の問題だとして、じゃあ、それらが人間の役割を凌駕するのかといえば、例外を除き、私はそうはならないのではないかと考えています。なぜなら人にはメタ認知能力(思考する自分を更に俯瞰して思考する能力)があるので、たとえ一時的にハマったとしても、やがて「これは機械学習と深層学習を繰り返しているコンピュータに過ぎない」と心のどこかで悟ると思うからです。
もしAI相手で満足できる時代が来るとしたら、人間の死生観や愛の性質や意味が、ガラリと変わってしまうのでしょう。
スタンフォード大学、国際安全保障協力センターのハーブ・リン上級研究員は、「AI(機械学習)は統計学に基づいており、相関は示せても因果関係は導けない。最終的には人が直観を磨きながら、物事の判断をしていくことが必要であり、テクノロジーを過信するな」(朝日,2025.12.8)ということを言っています。
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コクリコ坂界隈
2025年12月10日
師走に入り段々寒くなってきましたね。
今年最後の研修で神戸まで出張してきました。会場は新長田にある兵庫教育大学の神戸キャンパスでした。新神戸キャンパスはビル数フロア分のサテライトキャンパスであり、ビッグキャンパスは加東市にあるようです。ちょっとした発見もありましたがそれはまたの機会に…。
2日間の研修でしたが、宿泊費高騰のため一泊で帰ってきました。でもせっかく旅費をかけて行ったのに、滞在時間が短いと損した気分になりますね。
ということで、一日目の研修後は、神戸市立博物館で開催中の『ゴッホ展』を観に行きました。事前予約制ですが金・土のみ夜8時まで鑑賞できます。ゆったり鑑賞できるかと思いきや、全くの予想外れ、すごい人だかりで行列、館内は後戻りできない仕組みとなっていました。神戸を皮切りに、来年以降、福島、東京へと続くようです。
何点かの作品は作品のみカメラ撮影OKでした。そのために更に並びますが、撮影のみ可能、最前列での鑑賞は不可という、要するにさっさと撮影して隣りに譲れという、とても慌ただしいものでした。
それでもアルル時代の『夜のカフェテラス』は、長く暗いトンネルを通過した先に突如後光が射したような非常に眩しい作品でした。ゴッホの幸福感、高揚感が見事に伝わってきました。決して十分マインドフルネスに堪能できなかったけれども、それでもあの光の色、黄色は素晴らしかったです。彼が苦悩の果てに見出した結実なのではないでしょうか…。
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今年も残りわずかですが、お会いできる方々との時間を大切に過ごしていきたいものです。

神戸市立博物館:重厚で美しい建物でした。

『夜のカフェテラス』
2025年11月28日
休日にテレビをつけながら台所仕事をしていたら、いつの間にかその番組に釘付けになっていました。
それは町民が携わる盆踊りのドキュメンタリーだったのですが、後で調べたら秋田県羽後町(うごまち)に伝わる「西馬音内(にしもない)盆踊り」というものでした。旧盆の時期に老若男女の町民が3日間かけて静かに踊るものです。踊り手さんたちの出で立ちが美しいというか一種怖いというか、幼い子どもたちは怖がったりしないのかなとも思いましたが、とにかく魅力的で引き込まれるものがありました。
盆踊りは漠然と先祖の慰霊の意味だと思っていましたが、まさにこれは交霊なのだと知らされました。
踊り手の出で立ちの一つは優美な半月型の編み笠を被って顔を隠し、もう一つは黒子のような目の部分だけくり抜かれた黒頭巾を被って踊ります。後者はまるで「カオナシ」のような印象ですが、お盆の時期に還ってきた死者を表すそうです。ちなみにこの死者には、仏教でいうところの第三の眼も頭巾の中央についています。そして編み笠を被った方は生者なのですが、死者と相見えるにあたり顔を曝け出すのを控えるようです。
身内を亡くした時に、仲間のセラピストが「早く立ち直ろうとかしなくていいんだよ。場所や文化が違えば、年単位で喪に服するところもあるんだから」的なことを言ってくれたことがあり、とても救われたことをこの時ふと思い出しました。
毎日毎日多量の情報が飛び交い、現状や未来の不安に抗おうともがき、物価高で生活をやり繰りしつつ、ともすれば愛を見失いそうな生活の中で、もっと地に足をつけて歩を緩めていきたいものだなと思い至りました。

柊(ひいらぎ)の花 Holy season has come!
2025年11月13日
太陽フレアの活動が活発になっているというニュースをご存知でしょうか。見たところ大々的に報じられているわけでもなく、記事も小さなもので意味がよくわからないのですが、なんでも9~12日(?)にかけてGPSなどの通信障害が起きるかもしれないそうです。既に13日だからもう峠は越えたのでしょうか。
通常のインターネット通信は影響を受けないのかもしれませんが、どういうわけか昨日はオンラインカウンセリングの調子がとても悪く、方々にご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。
11,12月はメンテナンス月間として整理整頓に励み、また新しいPCでも探したいなと思っています。というよりも、私の苦手なPC周りの環境整備が必要なのかもしれません…。ルーターとかwifi機器?あ~、悩むところ…。
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都立大へのアプローチ

週末の研修で訪れた都立大ですが、近代的で広大な大学でした。写真には撮れませんでしたが、樹々が紅葉していて美しかった。どういう謂れなのか牧野博士記念館?標本館?のような建物もありました。一部は一般公開されているようです。時間があったら訪れてみたいところです。
図書館には「Vēritās vōs līberābit 真理はあなたたちを自由にする」の文字が刻まれていました。世界情勢を見渡しても、何が真理かで争われていることを思いつつ、清々しい構内を歩いてきました。
2025年11月06日
明日の午前中と土曜日、日曜日は研修のためにお休みとなります。
明日は新宿、土日は南大沢まで行かなくてはいけません。八王子辺りに明るくなく早起きが心配ですが、久しぶりに認知行動療法の研修です。
認知療法、認知行動療法、精神分析などは、言葉や思考を使うためにトップダウンの療法といわれています。反対にボトムアップの療法とは身体志向型のものを指します。では催眠療法は何なのでしょう。これは変性意識状態で言葉やイメージ、感覚などを使うのでハイブリッドといいたいところですが、歴史的には最も古いです。
とりあえず、明日からのベック研究所の講師の方のレクチャーを楽しみにしたいと思います。

Mt.akaFuji
2025年10月16日
久しぶりに劇場公開中の日本映画を観ました。
石川慶監督の『遠い山なみの光』です。ちょっとしたタスクだったので観たのですが、その前に原作の小説を読んでいました。カズオ・イシグロのデビュー作『 A PALE VIEW OF HILLS (遠い山なみの光)』(1982)です。最初の邦題は『女たちの遠い夏』です。当時20代後半の男性が書いたものというのが驚きです。
1980年代のイギリスと原爆が投下された後の急速に復興が進みつつある1950年代の長崎を舞台にしています。「夢(夜みる夢)と記憶の回想と語り」という観点から小説も映画も堪能しました。映画は小説を大胆に解釈したものですが、戦後を生きる女たちのもがきや母と娘の関係を軸に描いています。
小説は何かが起きるのではないか、既に起きているのではないか、という不気味さ、恐ろしさが通奏低音となっていますが、全体の印象としては正に「pale、淡い」感じ。遠くから山なみ、町並みを見下ろすような、回想の物語です。
