ブログ 心's LOOM

『月とうさぎ』

2018年09月14日

ブログの更新も滞り、気が付けば中秋の名月も間近となりました。今年は9月24日とのことですが、おぼえていらっしゃいますか。

秋といえば月、月といえば芒、御団子、兎…。では、月になぜ兎が住んでいるのか(どうして日本人は月面に兎を見出すのか)、ご存知でしたか?その由来を最近、ラジオの子ども向け朗読番組『お話でてこい』で知りました。(因みにこの番組、一人のおばさん(おじさん)が、猫やお姫様、いじめっ子、怪物と何でも声音を替えてやらなきゃいけないので、大変無理があって楽しいのです。)

さて、起源はインドの昔話『月とうさぎ』。このお話が大袈裟にいうならば身の毛もよだつほどスリリングというか、ええっ?やっぱりそうくるの!?というか、何だかとても怖い展開なのです。

簡単に言うと…心優しい森の動物たちがいて幸せに暮らしている。そのなかでも特にうさぎの優しさは突出しておりリーダー的存在である。ある時、神様がその動物たちを試そうと、貧しく飢えた僧侶に扮して現れた。動物たちは自分たちが仕留めた食べ物を各々差し出したが、草しか食べないうさぎは特に差し出すものがない。そこで…、せっせと枝を集め…、鍋を用意し…、鍋に火をつけ…。

後は想像力にお任せします。このお話(朗読上のお話)、救いはあるのですが、それにしても幼稚園の年少さん、4歳向けのお話です。4歳の子どもたちは、どう想像力を働かせ、何を思い、何を感じとるのか。

単純に犠牲の話で括るのも違うでしょうし、人と人との関係における何か大事なものを提起するもののように思いました。恐らく、今年の名月は違って見えることでしょうね。


 


残暑お見舞い申し上げます

2018年08月19日

お盆休みも終わってしまいましたが、皆様はゆっくりできましたでしょうか。何も変わらず通常どおりの方も多かったかもしれません。

私は片づけをしたり、ドキュメンタリー映画を観に行ったりと、のんびり過ごしていました。夏休みの宿題というわけではありませんが、こんなものを育ててもいました。

a lotus

わかりますか?答えは蓮です。それもただの蓮じゃなくて、寺格の高いお寺の蓮なのです。その蓮の種を2粒いただいてきました(正確に言うと、種の所有権は誰のものか?という問題になるかと思うのですが…)。

100年はもつといわれる非常に硬い種の片側先端をやすりで削るという発芽処理を施して、後は水に漬けるだけ。一つは発芽、もう一つはダメでした。

しかし、この発芽した種も、苦労して削った側ではなく、反対側からの発芽でした。人もそれぞれ、種もそれぞれ、随分ひねくれ屋ですね。ただ、この種が浸かった水は2週間くらい取り換える必要がなく、しかもとてもフルーティ且つフローラルな香りなのです。

さあ…、涼しくなったり暑さが戻ったりと変化の激しい日々ですが、またゆるゆると頑張っていきたいと思います。

 


フリーズ状態

2018年08月01日

涼しかったのもつかの間、また猛暑の日々が戻ってきました。
こういうときは動きたくないものですが、休日にふらりと散策に出かけてきました。その時に出逢ったのが以下。何だかわかりますか?

jewel beetle

分かった人はすごい。私は生まれて初めて見ました。タマムシ。あの玉虫厨子のタマムシですね。裏はこう。

ちょっと極彩色のゴキブリ?っぽくもないですが、美しい色ですね。飛んでいるところを捕まえて逃げられて再度捕まえて、これは擬死状態のところです。触ってもひっくり返しても掴んでも、じっとしていました。

タマムシは敵が近づくと擬死状態になる昆虫なのだそう。勉強になります。

以前、解離(人の防衛機制の一つ)の講義で、オポッサムの擬死状態を映像で観ましたが、脅威が接近するとフリーズ状態になるのは哺乳類にも昆虫にもある現象なのですね。

因みにオポッサムは有袋類の別名フクロネズミで、このフリーズ状態の時に口から死臭を発して敵の捕食を免れているそうです。大事なポイントですが、恐怖でフリーズしたのではなく、身を守るためにフリーズしているのだといわれています。

人の場合も「恐怖で動けない状態」は、心身を凍結のような麻痺や不動状態にさせて、恐怖から「一時的に身を守っている状態」なのだということです。例えばいじめっ子が近づいてきて身動きできなくなったとしても、それは決して弱虫だからではなく、自然な生理反応であり、また一時的に自分の身を守っているのだと理解できますね。

*****

タマムシはこの後無事に飛び去って行きました。私としては、お盆も近いことですしペットの霊がタマムシに代わって逢いに来てくれたのかもしれない、などと手前勝手に考えています。

 

 


under pressure

2018年07月29日

昨夜の台風はいかがでしたか。
私は朝の通勤のことを考えて、オフィスで夜を明かしました。

今回の台風の進路は観測史上初の異例の進路だそうですね。東から西に抜けるなんて、台風経路図を見ていて本当に目を見張りました。想定外だとか、異例だとか、もはやどこで何があっても何が起きてもおかしくないことを想定しておかないといけないのかもしれませんね。

 

 


酷暑

2018年07月19日

酷暑が続きます。西日本の豪雨被害に遭われた方々、お見舞いを申し上げます。
淡路島での研修を終えて帰ってきましたが、西日本各地の方でキャンセルせざるを得ない方もいらっしゃったようでした。

さて、今回参加した研修ではとても刺激的な時間を過ごしました。語弊が生じるかもしれないし冗談ですが、一瞬何というかイタコの降霊術でも見ているかのような錯覚を覚えました。勿論決してそういうものではありません。精神分析と催眠、ボディワークの方法を取り入れつつ、神経生物学・神経生理学をベースにした理論と療法だったのですが、「自我」というものの捉え方がとても新鮮だったのです。南アフリカから来日された先生の配慮の届いたドイツ訛りの英語もわかりやすく、温かなワークを体験することができました。復習をしつつ、少しずつ身に着けていきたいと思っています。

心理療法の話はさておき、初めての淡路島体験でもありました。淡路人形浄瑠璃を観たいなと思いつつも、時間的にも体力的にも宿と会議場以外どこへも行けませんでした。コンビニへも歩いて30-40分かかかるらしく、周辺の国営公園もかなり歩くと見たため断念。淡路島は広くきっと車など移動手段があるといいところなのでしょうね。特産の玉ねぎのローストはとても甘くて美味しくいただきました。ほとんど淡路らしさを味わえなかったのですが、毎日遠くに霞む大阪、和歌山辺りの眺望を楽しんできました。

たまに日常から離れてみると大いに気分転換になりますね。

ホテルから和歌山方面の海を望む


夏きたるらし…

2018年06月30日

明日から7月ですね。衣替えは6月にするものなのか7月にするものなのかよくわかりませんが、モノの整理に追われているこの頃です。

最近、ラジオ番組で「老前整理」を説いているものがあり、よく聴いているとなかなかに心理学的、行動療法的アプローチだな~と感心してしまいました。

老前整理…

いわゆる老いる前の断捨離で、年齢的に私はまだ関係ないという方がほとんどだと思います。でもね、ただの整理の話としてもとても参考になるのです。部屋がモノで溢れかえっていて整理整頓ができていないとか、故人の品に手を付けられなくて困っているとか、或いは強迫性障害のhoarding(収集癖)のような話は日頃結構耳にします。ある意味で部屋や家はそこで暮らす人の心の反映です。

ラジオのパーソナリティは、老前整理コンサルタントの坂岡洋子さんという、長年メーカーのインテリアコーディネーターや介護福祉の現場でケアマネージャーとして働いてきた方でした。きっと沢山の家の中を見てきたのでしょう。

説得力があって面白いなと思ったのは、行動経済学に基づいた視点で色々説明をしているからでした。行動経済学って知っていますか?ノーベル経済学賞もとり今や経済学の主流派の一つらしいのですが、私は全く知りませんでした。その成り立ちは心理学と経済学の融合らしく、人の経済行動は全く合理的にはできていないことを証明しています。損得の経済行動が、実は合理性ではなく感情に左右される、というのが興味を掻き立てられます。

整理の場合でも、しかり。多くの人が経験するであろう、例えば「今は使っていないけれど、いつか使うことがあるのかもしれない」などや「ちょっと値が張ったので捨てたらきっと後悔するかもしれない」といった思い。そういった私たちのよくある行動に対して、その行動を説明し、どういう認知バイアスがかかっているか、どう行動したら目的に適うことができるのか、など役に立つ気付きを沢山与えてくれそうな老前整理学?なのでした。

hydrangea

 


人の話を聴く力

2018年06月16日

梅雨も本格的で、肌寒い日が続いていますね。温度調整が難しく、軽い風邪を引いてしまったようです。皆さまもどうぞお気を付けくださいね。

さて、この頃よく思うことは、病院通いやセラピーを何年何十年と続けていても、人間関係においてあまり変化が見られない場合についてです。このような時、私は個人療法の限界を感じます。以前、スーパーバイザーの先生から、「クライエントと治療者がどんなにいい関係を築けていても、クライエントと外の世界との関係性は別物ね…」というようなことをお聴きしたことがあります。そうだなーとしみじみ思うのです。

クライエントと治療者の間に、ある程度の信頼関係が成り立っているならば、その後はクライエントの人間関係が外に広がっていくように、また実生活が豊かになっていくようにしていくのが治療の最終的な目的です。個人療法だけでそれが上手くいく人もいますが、どうもそれだけでは上手くいかない人もいらっしゃいます。治療室、相談室というコクーンのなかに包摂された、親と子のような関係に終始してしまうような場合もあると思われます。

では、どうしたらいいかというと、個人療法と併用してグループ療法が必要だと思っています。グループのもつ力は大きく、なかにはグループ療法だけで上手くいく方もいらっしゃいます。グループ療法を行っている病院を活用するか、病院へは行きたくない、グループ療法にまでお金が回らないという場合には、自助グループの利用があります。

自分以外の他者の悩みを聴くということは、自分の悩みにばかり囚われている人にとても有効です。「どうして私だけこんなに辛いの?」とか「私ほど不幸な者はいない」などと思っていても、グループで人の話に耳を傾けていると、共通項に気付いて共感できたり、相違に気付いて自分の問題を新たな視点で眺めたり、勇気づけられたり嫌悪感をもったりと様々な心の動きが生じてくるのに気づきます。「毎回この人、被害者意識だらけだなー」と内心思いつつ、やがて「自分も似たようなものだ…」と気づくこともあるでしょう。回復が少しずつ進んでいる人に接すると、一歩踏み出す勇気を分けてもらうことにもなります。

様々なグループ療法や悩みをシェアする自助グループを、「傷口を舐め合う、同類相哀れむ、みたいで嫌だ」と嫌悪する人がいますが、グループにしばらく通っていると自分の内に湧き起こってくる感情や思考は「哀れみ」だけでは済まされなくなってきます。

また「人の辛い話を聴いていると自分まで更に具合が悪くなる」という方もいますが、本当に「話を聴く力」が身に付いてくると、話し手のもっている「力」、悩みや問題があっても何とかここまで生き延びてきた「力」を感じ取ることができたり、「この人、ここがもうちょっとこう変わればいいのに…」と問題解決の糸口を発見できたりもします。

同じ場に集って他者の話を聴けるようになってくると、その人の回復はかなり進んできていることになりますし、人間関係を築く力が既に身についてきている証でしょう。


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