ブログ 心's LOOM

under pressure

2018年07月29日

昨夜の台風はいかがでしたか。
私は朝の通勤のことを考えて、オフィスで夜を明かしました。

今回の台風の進路は観測史上初の異例の進路だそうですね。東から西に抜けるなんて、台風経路図を見ていて本当に目を見張りました。想定外だとか、異例だとか、もはやどこで何があっても何が起きてもおかしくないことを想定しておかないといけないのかもしれませんね。

 

 


酷暑

2018年07月19日

酷暑が続きます。西日本の豪雨被害に遭われた方々、お見舞いを申し上げます。
淡路島での研修を終えて帰ってきましたが、西日本各地の方でキャンセルせざるを得ない方もいらっしゃったようでした。

さて、今回参加した研修ではとても刺激的な時間を過ごしました。語弊が生じるかもしれないし冗談ですが、一瞬何というかイタコの降霊術でも見ているかのような錯覚を覚えました。勿論決してそういうものではありません。精神分析と催眠、ボディワークの方法を取り入れつつ、神経生物学・神経生理学をベースにした理論と療法だったのですが、「自我」というものの捉え方がとても新鮮だったのです。南アフリカから来日された先生の配慮の届いたドイツ訛りの英語もわかりやすく、温かなワークを体験することができました。復習をしつつ、少しずつ身に着けていきたいと思っています。

心理療法の話はさておき、初めての淡路島体験でもありました。淡路人形浄瑠璃を観たいなと思いつつも、時間的にも体力的にも宿と会議場以外どこへも行けませんでした。コンビニへも歩いて30-40分かかかるらしく、周辺の国営公園もかなり歩くと見たため断念。淡路島は広くきっと車など移動手段があるといいところなのでしょうね。特産の玉ねぎのローストはとても甘くて美味しくいただきました。ほとんど淡路らしさを味わえなかったのですが、毎日遠くに霞む大阪、和歌山辺りの眺望を楽しんできました。

たまに日常から離れてみると大いに気分転換になりますね。

ホテルから和歌山方面の海を望む


夏きたるらし…

2018年06月30日

明日から7月ですね。衣替えは6月にするものなのか7月にするものなのかよくわかりませんが、モノの整理に追われているこの頃です。

最近、ラジオ番組で「老前整理」を説いているものがあり、よく聴いているとなかなかに心理学的、行動療法的アプローチだな~と感心してしまいました。

老前整理…

いわゆる老いる前の断捨離で、年齢的に私はまだ関係ないという方がほとんどだと思います。でもね、ただの整理の話としてもとても参考になるのです。部屋がモノで溢れかえっていて整理整頓ができていないとか、故人の品に手を付けられなくて困っているとか、或いは強迫性障害のhoarding(収集癖)のような話は日頃結構耳にします。ある意味で部屋や家はそこで暮らす人の心の反映です。

ラジオのパーソナリティは、老前整理コンサルタントの坂岡洋子さんという、長年メーカーのインテリアコーディネーターや介護福祉の現場でケアマネージャーとして働いてきた方でした。きっと沢山の家の中を見てきたのでしょう。

説得力があって面白いなと思ったのは、行動経済学に基づいた視点で色々説明をしているからでした。行動経済学って知っていますか?ノーベル経済学賞もとり今や経済学の主流派の一つらしいのですが、私は全く知りませんでした。その成り立ちは心理学と経済学の融合らしく、人の経済行動は全く合理的にはできていないことを証明しています。損得の経済行動が、実は合理性ではなく感情に左右される、というのが興味を掻き立てられます。

整理の場合でも、しかり。多くの人が経験するであろう、例えば「今は使っていないけれど、いつか使うことがあるのかもしれない」などや「ちょっと値が張ったので捨てたらきっと後悔するかもしれない」といった思い。そういった私たちのよくある行動に対して、その行動を説明し、どういう認知バイアスがかかっているか、どう行動したら目的に適うことができるのか、など役に立つ気付きを沢山与えてくれそうな老前整理学?なのでした。

hydrangea

 


人の話を聴く力

2018年06月16日

梅雨も本格的で、肌寒い日が続いていますね。温度調整が難しく、軽い風邪を引いてしまったようです。皆さまもどうぞお気を付けくださいね。

さて、この頃よく思うことは、病院通いやセラピーを何年何十年と続けていても、人間関係においてあまり変化が見られない場合についてです。このような時、私は個人療法の限界を感じます。以前、スーパーバイザーの先生から、「クライエントと治療者がどんなにいい関係を築けていても、クライエントと外の世界との関係性は別物ね…」というようなことをお聴きしたことがあります。そうだなーとしみじみ思うのです。

クライエントと治療者の間に、ある程度の信頼関係が成り立っているならば、その後はクライエントの人間関係が外に広がっていくように、また実生活が豊かになっていくようにしていくのが治療の最終的な目的です。個人療法だけでそれが上手くいく人もいますが、どうもそれだけでは上手くいかない人もいらっしゃいます。治療室、相談室というコクーンのなかに包摂された、親と子のような関係に終始してしまうような場合もあると思われます。

では、どうしたらいいかというと、個人療法と併用してグループ療法が必要だと思っています。グループのもつ力は大きく、なかにはグループ療法だけで上手くいく方もいらっしゃいます。グループ療法を行っている病院を活用するか、病院へは行きたくない、グループ療法にまでお金が回らないという場合には、自助グループの利用があります。

自分以外の他者の悩みを聴くということは、自分の悩みにばかり囚われている人にとても有効です。「どうして私だけこんなに辛いの?」とか「私ほど不幸な者はいない」などと思っていても、グループで人の話に耳を傾けていると、共通項に気付いて共感できたり、相違に気付いて自分の問題を新たな視点で眺めたり、勇気づけられたり嫌悪感をもったりと様々な心の動きが生じてくるのに気づきます。「毎回この人、被害者意識だらけだなー」と内心思いつつ、やがて「自分も似たようなものだ…」と気づくこともあるでしょう。回復が少しずつ進んでいる人に接すると、一歩踏み出す勇気を分けてもらうことにもなります。

様々なグループ療法や悩みをシェアする自助グループを、「傷口を舐め合う、同類相哀れむ、みたいで嫌だ」と嫌悪する人がいますが、グループにしばらく通っていると自分の内に湧き起こってくる感情や思考は「哀れみ」だけでは済まされなくなってきます。

また「人の辛い話を聴いていると自分まで更に具合が悪くなる」という方もいますが、本当に「話を聴く力」が身に付いてくると、話し手のもっている「力」、悩みや問題があっても何とかここまで生き延びてきた「力」を感じ取ることができたり、「この人、ここがもうちょっとこう変わればいいのに…」と問題解決の糸口を発見できたりもします。

同じ場に集って他者の話を聴けるようになってくると、その人の回復はかなり進んできていることになりますし、人間関係を築く力が既に身についてきている証でしょう。


IDEAL

2018年06月06日

四方山話。

先日、ベートーベン唯一のオペラ『フィデリオ』(全2幕)を観てきました。古今東西の芸術家が一体どういう人物(特に思慕や恋慕の対象としての人物)を理想として描くのかというのは実に興味深いところです。

『フィデリオ』は、政治犯で地下牢に幽閉されている夫と、男性に変装して夫を救い出す勇敢な妻の物語です。男装した妻は夫が収容されているであろう刑務所で地道に働きながら、密かに救出の機会をうかがっている人物です。ベートーベンはこういう行動力のある、非常に愛の深い女性が理想なのでしょうか…。

明快なストーリー展開とハッピーエンド、ソロ歌手だけではなく合唱団による合唱が素晴らしい、ということを事前に調べていました。ベートーベンの合唱といえば交響曲第9番がつとに有名で、これも理想を高らかに歌っていますよね。この雰囲気をオペラで味わえるのかと期待していました。

演出は作曲家ワーグナーの曾孫カタリーナ・ワーグナー。ワーグナーを知らないという方もいますが、結婚式や運動会で誰でも少なからず耳にしたことがあるでしょう。その曾孫さんなのですが、この人の評判については周囲では芳しいものを聞いたことがなかったのですが、そのことも含めて関心をもって観に行きました。

いやあ、凄かった。悪い夢でもみているのかと思いました(笑)。妻は独房で衰弱している夫に出会うことができ、その再会を喜び合うのですが、結局は刑務所長に夫婦ともどもあっけなく刺されて牢屋に生き埋めにされてしまいます。終演近く、壮大な歓喜の合唱が歌われているのに演出は全く反して、目に映じるシーンは暴君で残酷な刑務所長の勝利といえるような幕引きなのか、あるいは全ての者(権力のある者たちも囚人たちも)が囚われの身となって幽閉されていくかのような、何とも定めがたいもので終わりました。演出家は何を狙っていたのでしょうか。

カタリーナ・ワーグナーの演出は物議を醸すものが多いらしく、それを革新的であると評価する者もいれば、終演時にブーイングの嵐が起こり、酷評する者もいます。隣のおじいさんも一幕の終わりから、「なんて独りよがりのヒドイ演出なんだ!」「ベートーベンへの冒涜だ!」と息巻いていました。後ろのおじいさんは「まあ、賛否色々のようですな…」と苦笑していました。私はというと、唖然としたというか、理解が追い付かなかったというべきか、なんてちゃっちい舞台美術や衣装なんだろうとは思っていました。

ベートーベンの理想の女性像や夫婦愛、夫婦像というものはどこかへすっ飛んで行ってしまいましたが、やはりベートーベンの作品は厳格に理想を追求する高邁なものであってほしいと思いました。

 

 


ファンタジーのなかの恋愛

2018年05月13日

寒かったり暑かったりと5月の天候は不安定ですね。

さて、先日やっと観たかった映画、今年の米アカデミー賞作品賞である『シェイプ・オブ・ウォーター』を観てきました。周囲の評価は頗る悪かったものの(笑)、私的には楽しめました。確かにギレルモ・デル・トロ監督ってこんなにエログロだったかしらとは思いました。他の作品の方が異様さのなかにも幻想的で美しくずっと情感が湧いてくるかもしれません。

単純な話といえばそれまでで、一種の異類婚姻譚というか、政府に捕獲された謎の生物と声を失った女性の恋愛ファンタジーでした。

主人公やその友人たちは、人種、性別、仕事、性的指向等によって差別を受けているマイノリティに属し、孤独でありながらも、お互い支え合って慎ましく生きている、そんな人たちでした。煌びやかで豊かな60年代アメリカの家族主義・家庭主義と対照的に描かれることによって、社会の周縁に生きる人にスポットを当てています。またそこにアメリカ vs. 旧ソの冷戦の絡みがあり、穏やかではない状況に主人公たちを巻き込んでいきます。というよりも主人公の働き先がそもそも不穏な職場なのですが。

全体的に沈鬱な空気が押し込める世界で、異種な生き物との恋愛ファンタジー。この映画に感動するのはもしや女性の方なのかもしれないとふと思いました。昨今の政治家や官僚、有力者とされる人たちの醜悪な言動を見聞きしていると、しまいには女性の目は男性という生物を超えたその先の何かへ向かっていくかもしれない、とさえ思えるからです。それがたとえ想像の世界であるとしても…。

異類との恋愛といえば『美女と野獣』が有名ですが、原作は女性によって書かれたものでした。小さいときにジャン・コクトーのフランス映画をテレビで観たように記憶しているのですが、古城が舞台の豪華絢爛異様な空気を感じる美しいモノクロ映画でした。その後リメイクが何作も作られるということは、一体何を意味するのでしょうか。

ご存知のように美女と野獣は最後、野獣が王子に変わります。変わってしまいます。折角野獣に惹かれていったのだから、これがハンサムで若い王子に変わっては身も蓋もないというか、かなりがっかりしてしまうのですが、そう思う女性も少なからずいるようですね。

『シェイプ・オブ・ウォーター』の結末は、さあ、どうなるか。
これがアカデミー賞なの?と落胆される方もいらっしゃるかもしれませんが、デル・トロ監督も南米出身であり、白人男性優位の巨大なハリウッドの世界で圧し潰されずに頭角を現してきた人なのだということも、タイムリーな話題なのでしょうね。

 

Ixia

 


5月の神保町

2018年05月05日

本日はこどもの日ですね。
私は一足早く菖蒲湯に入りました。

神田神保町界隈では、昨日今日と三崎稲荷神社の例大祭でした。一日中白山通りはお神輿で賑わっていたのですが、車が前を遮っている写真とか、下のようなものしか撮れませんでした。でも、よーく見るとちょっと面白いでしょ?平安時代のいでたちの様な年配の男性の後ろに、御神輿が続くのです。御神輿系のお祭りというと、法被に褌、ねじり鉢巻きスタイルが浮かびますが、こういうの見たことありますか?

短い界隈だよりでした。明日からは静かになりますので、セッションも影響されないでしょうね。


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