traum

2018年01月20日

本日20日は大寒(だいかん)の日で、暦上これからが本格的な寒さに入っていく頃です。風邪やインフルエンザなどに留意しながら過ごしたいものですね。

さて、表題の traumはドイツ語の夢を意味します。外傷を意味するトラウマ(trauma)と混同しやすいのですが、トラウマの語源はギリシャ語のようです。最近私は、またフロイトの『夢判断』(Die Traum-deutung)(下)というのを夜読んでいて、読みながらそのまま自分の夢に直行し、明朝の車内であれやこれやぼんやりと考えてみる…というのをしています。

夢は自分の無意識を知るうえで一つの参考になりますし、何より営みとして楽しいのです。悪夢は辛いものですが、悪い夢=悪いこと、不吉なこと、何かの前兆、という単純なものでもありません。

学生の頃は少しだけゲシュタルト療法的な夢分析を教わりましたが、確かそれは「夢に出てくる登場人物は全て自分、もしくは自分の一部分なのだ」という前提での分析でした。父母が出てきても自分?自分の一部?わからないでもないですが、私はどちらかというとフロイトの夢判断(夢解釈)のほうが有益で面白いと思うので、こちらを参考にしています。

こんな夢をみたと夢を書いてこられる方が結構いらっしゃいますが、実は夢の内容だけをいきなり伝えられても困ってしまうのです。夢判断は、その前日か前々日あたりにどう過ごしていたか、夢に出てきたもの(モチーフ)から何を連想していくか、といった一連の作業が必要になってきます。

またカウンセラーは預言者や占い師ではありませんので、断定的に「その夢はあなたにとってかくかくしかじかである」「こういう意味をもっている」ということは言えません。夢を見た人が、唯一その解釈を進めていける人なのであって、ただそのお手伝いを私たちはできるに過ぎないのです。

それでも自己理解の一つの手段として、また「自分自身に親しみをもつ」ことの方法として夢に興味をもつことはいいことだと思います。「他者を愛せ」という他者のなかには自分が含まれるのだ、と教わりましたが、対象化した自分に向き合う、自分の心に親しみをもって接する、という態度を養うことは大切なことだと思います。

Ranunculus

 


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