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亡き人と会う

2024年03月13日

東日本大震災から13年目を迎えました。家族を失くした人たちのその後を追った報道を見ていました。元旦の能登半島地震もそうですが、今までそこにいた人がある日突然いなくなってしまうことの痛みについて考えさせられています。

「不条理な死」と盛んに言われていますが、病気などの場合も残された人に与える影響は同じところがあるのかもしれません。家族を病で失ったときに「(亡くなると)分かっていたことでしょ?」と慰めてもらったことがありますが、覚悟は出来ていると思っていたはずが現実は全然分かっていませんでした。条理に適った死というものがどのくらいあるのだろうか…と今は思います。

最近ふと目にした番組で、デジタルクローンのことが紹介されていました。何年か何十年後には一人一人に自分のデジタルクローン(分身)が出来て、仕事など生活の一部を担ってくれるとクローン制作会社の社長が話していました。

そのクローン技術でもって、幼い子を失った母親が3Dのゴーグルをかけて今は亡き我が子に会いに行く、という場面が流れました。娘そっくりのクローンに会い、一緒に遊び、話し、ハグをしたり、今は不可能なことを仮想現実のなかで思いを果たしていました。現実の母親の頬には涙がつたわっていて、母はその体験を喜んでいました。

デジタルクローンを使ったこの体験については賛否両論があるとのことですが、見ていて一番に思ったのはこれなら心理療法で十分出来るなということです。例えば嶺頼子先生の提唱している「ホログラフィートーク」などであれば、会いたい人に会い、修正体験も含め思うように過ごせるでしょう。自分のイメージ力と軽トランス状態とセラピストを利用し、何かあっても対処できる形でより安全に行えると思いました。

デジタルクローンの幼子に会った母親がその後精神的に安定しているのかどうか、一臨床家としては大変気になるところです…


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