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防衛機制「否認 denial」

2024年07月18日

そこにあるのは「否認 denial」だらけ…
5月末公開の映画『関心領域 The Zone of Interest』(波・米・英)をやっと観てきました。今年のアカデミー外国語映画賞の作品です。

アウシュヴィッツ収容所の塀一枚隔てた隣に住むヘス所長(後に戦犯として死刑)一家の暮らしぶり、それも一見、子沢山家族の賑やかで豊かな暮らしを描いています。印象派の「草上の昼食」のようなシーンから始まります。

内容が内容なので観客の年齢層は高いかと思いきや、日曜の夜のせいか若い世代も結構観にきており意外でした。

ナチスやホロコーストを扱った映画は長年観てきましたが、凄惨なシーンはこの映画には一切ありません。観客の知識と想像力に委ねられるのですが、一家の何気ない日常のなかの行為によって人間の恐ろしさが描出されていきます。だから一層怖いのです。

瀟洒な邸宅はポーランド人家政婦や使用人(ユダヤ人捕虜?)など沢山の人の出入りがあります。

帰宅した所長のブーツが使用人に洗われる時に流れる赤い水。ユダヤ人の毛皮のコートを何食わぬ顔をして羽織る妻。コートのポケットから使いかけの口紅を見つけ平然と鏡の前で塗る妻。どこで拾い集めたのか人の歯を夜中に眺める長男。拷問の声が外から聞こえながらも室内で無心に遊ぶ次男。自慢のガーデンの花の匂いをかがせながら赤子をあやす妻。楽し気に遊ぶ子どもたちの甲高い声。しかし、常に背後には煉瓦の建物群と昼夜問わず立ち昇る煙が見えます。

人は見たくないものは決して見ないということ。また、内発的な良心や正義というものは組織への忠誠を前にしてかくも消えてしまうのかということ、そもそも内発的な良心などそんなものはなく、身内の幸せしか考えられない愚かな生き物なのではないかとさえ思えてきます。

政治哲学者のハンナ・アーレントだったか、ナチスの非道な戦犯たちも、家に帰れば良き夫、良き父、或いは思考停止した凡庸な一人の男に過ぎなかった、と述べていました。ヘス所長も上辺は有能な軍人で良き父良き夫です。このギャップをどう説明したらいいのでしょうか…。私たちもうっかりしていれば誰しも所長や妻になり得るのだと思いました。

一方で、映画のなかでは一人のポーランド人少女の並々ならぬ行為に人間性や良心を見ることができます。実際にいた少女のことを監督が映画に取り入れたようです。妻の母にも微かな人間性を垣間見ることができます。一縷の希望がそこにはあります。

 

 

 

 


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