男の子の成長譚5

2017年07月01日

7月になりました。
家ではまだ一度もエアコンを使っていませんが、そろそろ蒸し暑くなってきましたね。この時季の夜半の涼しいような蒸すような曖昧さが私は好きなのですが、皆様はいかに…?

さて、芸術作品にみる「男子の成長プロセスには何か起きるか」というシリーズの最終章。(オペラ『ジークフリート』の筋は前回までのブログをご参照ください。)

おそれを知らぬ若者ジークフリートが「初めておそれを知った」のは、乙女に出会った正にその時でした。自分とは異なる性に驚き、関心を抱き、戸惑い、躊躇い、そして恋心を覚えます。乙女もジークフリートを愛していますが(複雑な物語の筋は割愛)、最初は拒みます。この拒み方もなかなか面白い。「私はあなたを映す水面のようなもの。私に触れればその水面は揺らいでしまう。だから私に触れるな!」というような言葉だったと思いますが、このあたりの乙女の複雑な心情、潔癖さ、高潔さというようなものは、もはや現代では見受けられないものでしょうか(笑)

まあそうはいっても二人の恋愛感情は高まります。それは自然なことでしょう。二人の愛は美しく高らかな二重唱で表現されますが、しかし、歌詞をよーく聴いていると実は微かな隔たりがあるのです。

ジークフリートは情欲の高まりを経験し、早く結ばれたいと思い、興奮気味になっているのですが、乙女のほうはどうもそうでもない。愛の賛歌の背後には蔭りというか未来への不安があるのです。オペラ『ジークフリート』はここで幕を閉じて次の作品へ続くのですが、この乙女の不安はこの後の物語の展開上の不安を暗示するだけではなく、一般的な男女の恋愛の相違をも示しているような気がします。

男女の恋愛の相違についてはここでは取り上げませんが、『ジークフリート』では、ナルシスティックな少年期・青年期→暴力や流血騒ぎ→父殺し(父離れ)→痛みの感情や共感能力を養う→異性と出会うことによって「おそれ」を知る・情欲の高まり、という成長プロセスを読むことができます。

こうみると男子の成長というものも、大変ドラスティックで骨が折れるものであるといえますね。これらが心の内側で起こることだとしても…。ジークフリートの場合母はいませんが、「母殺し(母離れ)」というのも最大に重要なイベントであることを忘れてはいけませんね。特に日本のような母性原理優位の社会では、父殺しより母殺しの方が困難な作業になってくるのかもしれません。

彼がこの後どう成長していくのかは、また次の楽しみにとっておきたいと思います。


 

 

 


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