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心理 東京
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ブログ 心's LOOM
カウンセリング外
2012年02月23日
今日はなかなか忙しく、ブログ更新が7時近くになってしまいました。
カウンセリング以外の経営上の煩雑な実務が色々あって、やる気が出るときと気が
滅入ってしまうときがあります。言うことがコロコロ変わってしまう人を相手にす
るのは疲れます。
かつて読んだ「怒りのダンス」という心理学の本の中で、「あなたの感情の原因は
出来事にあるのではない。あなたの感情の責任は、あなただけがとることができる」
という力強い言葉に出会ったことがあります。この言葉は、「ある出来事はあなた
に負の気持ちを起こさせるほどの影響力なんかないんだよ」、というサポートの意
味も含んでいます。
「私だけが自分の感情の責任をとることができる」
深くて好きな言葉です。
↑ ミロンガ・ヌオーバ すずらん通り脇にある有名な喫茶店です。
タンゴが流れており、昭和を彷彿とさせますよ。お一人でも入りやすいところです。
オススメ。
究極の選択
2012年02月22日
何だかまた悲しいニュースがありました。
ここでは詳しく言いませんが、餓死してしまったケースといえば察しがつくでしょう
か。こういう事件を聴く度に、人と人との距離の遠さを感じます。どうすれば防げる
のか、一市民として、一心理療法家として考えます。
この間、マイケル・サンデル教授の「究極の選択 お金で買えるもの 買えないもの」
を観ました。NHKの討論番組で、日中米のエリート学生と日本人のゲストが数名参加し、
熱いディスカッションを繰り広げるものです。ディスカッションが熱いというよりも、
テーマが人々の神経に触れる非常に繊細なもの、正義や道徳、倫理観を問うものなの
で、議論が自然と熱くなると言った方がいいと思います。例えば代理母制度を認めるか
など。
サンデル教授の「ハーバード白熱教室」は確か2010年頃から観ていましたが、最近の日
本での収録番組はゲストに不満足であまり観ていませんでした。 この間の番組もほと
んどのゲストが市場原理に基づいて意見を述べているのに、教授の締めは、「我々は、
今日のディスカッションをとおして、全ての物事が市場原理だけでははかれないというこ
とが分かった」とありました。半ば強引にもっていったな…と思わず笑いました。
教授はこの日本のゲストの反応をどう思っているのでしょうか。一つのサンプルと思っ
ているのか。どのようなディスカッションであれ、機会を設けること自体に意義がある
と思っているのでしょうか…。
心の休息
2012年02月21日
昨日は久しぶりに休日を楽しみました。いつもはくたびれて何もしたくないのですけれど。
といっても、午前中は年に一度の健康診断で、私は何よりこれが嫌いです。
昨日も大変暇な病院を予約して行ったのですが(早く終わるため)、身体測定をしている
部屋に男性ナースがどかどか入ってきたり、ドクターは早口で機械的に話すし、何とも芋
のように扱われている気がしてなりませんでした。健康診断なんぞ季節の催し物の一つく
らいに考えていた方がいいのかもしれませんが、実際あれでどれ程の税金が動いているの
か気になるところでもあります。
まあそれはそうと、午後はドライブがてら海へ出かけました。海が綺麗なのは、やはり春
と秋ですね。ささやかな磯の匂いと人気の少なさでのどかな気分に浸ることができました。
今回は画像を多めにupします。
真ん中は若布漁をしている漁師さんです。
海水がとても透きとおっており、きらきら揺らいでいます。
再会
2012年02月20日
昨夜は約16年ぶりに学生時代の友人に会いました。
あな、恐ろし、16年です!あまりに時間が空いていたので何から話したらいいのかド
キドキ…、それでも昔の感覚が蘇るもので、とても懐かしく新鮮でした。
彼女は写真家の立場でフォトセラピーなるものについて学んでおり、「写真という媒
介を通して自己を表現し、自己を発見し、自己を癒す」ことの大変興味深い話を聞か
せてくれました。フォトセラピーって何?と思われる方は、アートセラピーに近いも
のを思い浮かべていただきたいと思います。
「写真」は既に過去のものとして存在します。それを眺めるとき、私たちは過去をど
う捉え、現在をどのように投影し、未来をどう読むのか?映し出された世界から何を
想像するのか?興味が尽きません。
今度是非体験してみたいと思っています。
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今日は蕗のとう摘みの日。ほろ苦い春の香りです。
寂しさは創造の源
2012年02月19日
「寂しさは創造の源」
先日の勉強会で知った好きな言葉です。大人は寂しいものだし、寂しいからこそ
何かをする。寂しさを感じるということは、ネガティブなことではありません。
寂しいから何かをするのと、寂しさに振り回されることは違います。寂しさをし
っかりと受けとめて一人でいられる時間を持つこと、自分の人間関係を見直して
関係をより良いものにしていく努力をすること、「自分には人間関係がないな…
」と思ったら少しずつ築いていく努力をすることが大切なことです。
一人ではどうしたらいいかわからないという場合、心理カウンセリングは有効な
手段になるでしょう。
寂しさに振り回されるということは、自分にとって優しくない人間関係にしがみ
ついたり、生活をスケジュールでいっぱいにしたり、誰かの面倒を見ることを優
先させたり、何かに過度に依存したりすることなどが挙げられます。
ある人間関係にしがみつくということは、これは程度の差こそあれ誰でもあり得
ることだと考えます。大概、人は変化を恐れますし、この関係がなくなったら次
の関係は?という、関係を喪失することに対する恐怖の感情もあります。
これらの感情はごく自然なもので、十分に気付いてあげる必要があります。
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↑ 明大です。
カウンセリングその2
2012年02月18日
昨夜はカウンセラーの勉強会でした。
なんというか、眠気との闘いで、それなりにしっかり話は聴いたつもりなのですが、
その先生の講義は非論理的なので(脱論理的というべきか)、ふわふわ雲の中を
漂うような感じなのです。これは自分なりに肉付けをしていかないと、頭の中はす
かすかで終わってしまうと思いました。
一つ言えること。 世の中は常に理論を重視し、「論理的」であることを求めてき
ます。特に仕事の世界や、学生さんなんかでもレポートや論文、発表などで論理的
であることを強く求められるでしょう。報告や連絡なども、「要点をまとめて結論
から先に言いなさい」みたいなことをよく言われます。
物事には起承転結(別の言葉で言うなら原因と結果)があり、論理的に陳述できる
という考えは近代の新しい発想です。
心の悩みや問題でも、「これこれしかじかの原因があって結果こうなった、だから
原因を探せばいい」というのが定説になっていますが、これは一つの仮説に過ぎま
せん。勿論、仮説と知ったうえで扱えばいいのですが。
これと似たような考えで「本当の私」というものがありますが、これも近代以降の
本質主義(物事には本質があるという見方)に基づいた新しい考えです。
「本当の私」がどこかにある、「本当の私」を見つけましょう、という考えは心理
療法の随所に見られます。これが全く役に立たない考えとは思いませんが、本当も
偽りもないと私は考えています。どのような過去があろうと、現在があろうと、そ
の時を必死で生きてきて、そして今も生き続ける、「時の流れと共に変化し続ける
私」がいるのだと捉えています。
カウンセリング
2012年02月17日
ブログを読んでくれているクライエントさんが多く、とても嬉しく思っています。
毎回何を書こうかなと悩み、カメラ小僧みたいに常にカメラを持ち歩くことにし
ています。
何を書こうかなというのは、カウンセリングで「今日は何を話そうかな」という
のと似ていると思います。人に話すということはそう簡単なことではありません
。 何か出来事があった場合は話に事欠きませんが、生活にさしたる変化がみら
れないと思われる場合、かといって問題解決がまだみられない場合などは、「何
を話せばいいのだろう…」と苦しむことと思います。
これはカウンセリングの停滞などではなく、むしろここからがカウンセリングが
深まっていく機会だと考えます。カウンセリングで話してはいけないことや、こん
な程度のことを話していいのだろうかという心配は無用です。話す内容も話す順序
も話し方も、なんら制約はありません。
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さて、今夜はまたカウンセラーの勉強会に参加してきます。この前の勉強会で面
白かった話題があったので一つ。
おっぱいをあげているお母さんと赤ちゃんの関係では、双方にオキシトシンとい
う神経伝達物質が分泌されるようです。この物質は、幸福感、安心感、信頼感、
リラックスなどに関連しています。授乳しているお母さんと赤ちゃんはとてもゆっ
たりとして幸せそうですよね。
面白いのが、このようなオキシトシン醸成関係は耳掃除(耳掻き)という行為で
も生じるのだとか。そういえば耳掻き喫茶なるものがありましたが、確かにあれ
は人にやってもらうとこの上なく気持ちがいい。耳が気持ちいいだけでなく、形
容し難い幸福感がありますよね。子供の頃を思い出します。
では、もはやおっぱいも関係なく、耳掻きもやってもらえなくなった今、私たち
はどのようにしたらオキシトシンを得られるのでしょうか。これは少し考えてみ
てくださいね。
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画像はご質問の多かった「いもや」の天丼。神保町と言えば「いもや」。
天ぷら、とんかつ、天丼など数店舗のいもやがあります。胃が強靱な方にお勧めです。
私の場合「いもや+太田胃散」でランチ完結となるため、数年に一度で満足です。