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ブログ 心's LOOM

休業日のお知らせ

2014年09月14日

ニュース欄にも載せていますように、16(火)〜19(木)は休業とさせていただきます。
期間中にご連絡の方は、本ウェブサイトのお問い合わせ欄、もしくはメールにてお願いします。ご不便をお掛けしますが宜しくお願い致します。尚、返信につきましては、20日(土)以降にご連絡させていただきます。

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食わず嫌い?

2014年09月09日

昨日…、
カウンセリングルームから近いけれど、繁華街嫌いで寄りつかなかった後楽園へ行ってきました。(後楽園って岡山の後楽園と全く同じ字なのですね。)

そうしたら、意外や意外、案外きれい。温泉で女同士裸の付き合いをしてきたのですが、女性が安心して一晩過ごせる施設でもありました。大雪などで宿も取れず帰宅困難者になったらここへくればいいのかもと思ったのですが、そういうときはやはり東京、きっと激しく混んで芋洗い状態なのでしょうね。平日昼間でもそれに近かった。はぁ…。

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September

2014年09月04日

何というか体を硬くしてここのところのニュースを見ているうちに、気がつけば9月に入っていました。

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最近行き帰りによく聴くのが、竹内まりやのSeptember。時代は違うのですが、声が好きなので彼女の曲を聴くようになりました。この曲のなかのシーンに、ボーイフレンドに振られた主人公の女の子が彼に辞書を返すのですが、辞書の一部(一単語部分?)を切り取る、というところがあります。これ、よーく考えると、怖い。カッターか何かで、一人で切り取っているんです。なんていう言葉が切り取られたかは、有名な曲なのでご存知の方も多いでしょうね。ただじゃ振られないわよ、とでもいうようなところ、女の情念のようなものが本当に怖い。

でも、歌というのは、執念も情念も多種多様に味付けできてしまうところが本当にいいなあ、と思います。ポップだけど歌詞はゾクっと身震いするような歌って、実は結構沢山ありますよね?それにしても、竹内まりやの声で聴くと、天晴れ!チャーミングなサヨナラの歌になりますね。


富士山.JPG
↑ Mt.Fuji



trauma

2014年08月26日

くだらない出だしで恐縮ですが…、
私が初めてトラウマという言葉を知ったのは、魔夜峰央の漫画『妖怪始末人トラウマ!!』で、妖怪を始末する7才の男の子トラウマのお話によってなのでした。なかなか可愛い男の子なんですよ。trauma という響きをとても新鮮に感じていたのと、当時は漠然と「心の傷」を意味するということしか知らず…。今、漫画を振り返ると、「妖怪」が心の傷のメタファーのように思えますが、「心の傷」であるトラウマ君が妖怪を退治する、というところが言い得て妙だなと感心しています。

さて、今学会で【トラウマを受けた自己を癒す(変容意識状態と解離:心、脳、身体はどうやって圧倒的な体験に適応するのか)】という、カナダの精神医学教授ルース・レニアス先生のとても興味深い講義を受けてきました。それまでの様々な講義などで断片的に知っていたことに1本の筋道が通り、臨床的意義に富んだ濃厚な時間でした。

難しいことはさておき、トラウマ体験をもつ人たちの「時間・思考・身体・情動(情緒)」の4つの次元における「意識」について、どのような傾向や特徴がみられるのかということを、最新の脳画像や神経生物学の見地を織り交ぜながら説明されていました。トラウマという言葉については近年かなりの誤用と安易な多用がみられると思うのですが(妖怪始末人トラウマもその一つ?)、過去の圧倒的な出来事を「今まさに体験し続けていること」であり、それは映像や感覚、悪夢といった形において保持しているということを前提として指摘していました。

ずうっと忘れていたけれどあるとき思い出してそれが今の自分を非常に苦しめる、というのもあるのでしょうし、トラウマをトラウマとして認識できずに色々な症状に悩まされながら生きているという場合もあると思います。「トラウマはそれ自体トラウマになるのではなく、後からの意味付けによってトラウマ化される」と言われる先生もいてますます混乱してくるのですが、どれも理に適っているとも思います。それだけ複雑なテーマであり、今後も学んでいきたいと改めて思った次第です。

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午後やってくる…

2014年08月22日

暑い日が続きます。
いつも使う駅では、たくさんの風鈴がチリンチリン〜鳴っているのですが、最初は涼を呼んでいたものの今では空しく響きます。それより吹き出る汗のほうが煩わしい…。

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↓ カウンセリングルームへのお客さん

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わかります?ご近所の miumiu ちゃん。正式な綴りはわかりませんが、ときどき午後になるとやってきます。





8月の…

2014年08月17日

鯨じゃなく…

遠いところに住む学友から蜜柑を手土産にもらいました。8月の蜜柑ということで、すき間の時間に『千両みかん』(落語、youtube)を聴いていました。この落語どこが可笑しいのだろうと人づてに聞いていたときは思っていたけれど、5代目古今亭志ん生のそれは大変可笑しくて心から笑えました。観られないのが残念。

バブル期の不動産のような話だけれど、若旦那の気の病のお話でもある。もちろん譬えで、幾らお金を積んでも買えない「千両みかん」を欲している人、実はたくさんいるのかもしれません。今晩ゆっくり味うことにしよう。

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↑ 触っても微動だにしなかった子。




休みを”いただく”

2014年08月15日

お盆休み期間の東京駅は総じてすごい人出でした。休みの期間は私も東京から離れて涼しいところへ行っていました。

「休みを取る」と言うときにいつも迷うのが言葉の使い方です。学生のときのアルバイト(サービス業)で、お客様との電話対応で「〇〇(職員名)は本日お休みでして…」と言ったら、それを横で聞いていたマネージャーに注意されました。「お休みをいただいておりまして…でしょう」と。その時は即、直しましたが、判然としなかった…。誰にいただいているというのだろう?お客様に?ご迷惑を掛けるから?

今でも、予定外の緊急の休みでない限り、「休みを取っておりまして」でいいと思うのですが、これって一体何なのでしょう。謙譲の美学?おもてなしの一部?世の中はもちつもたれつ、マネージャーがいわんとしていたことはよーくわかるのですが、自分が客の立場なら一体どう思うでしょうか…。

私はどうもこういうところにも対人恐怖の土壌を感じてしまいます。周りの目と、そこに自分がどう映るかを非常に気にする、日本の文化的特質を。漏れなく自動的に私もそのなかに入り込んでいて、ゆえにたった一つの言葉の使い方にも悩むのですよね。

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