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ブログ 心's LOOM

はぁ〜

2015年12月13日

今週も終わり、ほっと一息です。12月も早半ばにさしかかってきました。

これからやらなければならないことが沢山あり目が回りそうですが、適度に一息入れながら穏やかな年末を過ごしたいなと思うばかりです。

金曜日の強風はいかがでしたか?

私は外に出た途端、ビニール傘が見事に壊れました。けれども神保町に着くと、桜吹雪ならぬ銀杏吹雪で通りが金色に輝いていました。足元が滑って怖いのですけれど。しばらくは白山通りの足元にご注意くださいね。

白山通りの銀杏の葉.JPG

その時の一葉〜


昨夜は…

2015年12月10日

同業の先輩方との忘年会でした。途中からの参加でしたが、カウンセリング業の展望やら何やら色々とお話をうかがえて楽しい時間を過ごすことが出来ました。

普段、業務提携している仲間の有り難さを思うこともここのところ多く、本当に感謝です。点と点も繋がれば強力なラインになっていきますね。

帰りの夜空に瞬いているオリオン座や冬の大三角形を仰ぎ見ながら、これまたただの一つ一つの星ならず、そこに星座を見出すことの不思議さを想うのでした。

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クリスマスシーズン.JPG


銀杏の樹

2015年12月08日

お宮参りをしてきましたら、こんもり繁った黄金色の銀杏の樹がありました。陽の光を浴びて本当にきれいでした。そばに近寄ると、空気の色がぱあっと明るくなって、寒空の下の救いです。

この時季は、神保町界隈、白山通りの銀杏並木もそこそこに輝いています。歩道のゴミがなければいいのだけれど…。

寒さが日一日と厳しくなってきています。

どうぞ風邪などひかれませんように。

銀杏.JPG


放浪の画家『ピロスマニ』

2015年12月06日

さて、先日観に行った岩波ホールの映画。

なんというか…、鑑賞後はブルーならぬグレーな気分になりました。決して出来の悪い映画ではなく、今の私には観る力が足りなかっただけ…。想像と色々違いました。グルジアの自然や風景がもっと描かれているのかと思ったら街の場面が多かったし、『100万本のバラ』のような分かりやすい情熱的な画家では決してありませんでした。

映画の中の画家ピロスマニは、観ていて歯痒いくらい人付き合いが下手で、損得を考えずその時の感情のままに生きている人でした。感情のままといっても欲得がないのか、孤独のうちに貧しく死んでいった人。観ていて悲しくなってしまった…。

彼はアカデミックな場ではなく独学で絵を学び、酒場から酒場を彷徨い歩き、そこに飾る絵を描いて生計を立てていました。短い生涯の間で、一時は持ち上げられ、その後は「きちんと学んでいない幼稚な絵だ」と酷評され、社会の勝手さに翻弄されました。でも彼の立派なところは、ずっと軸はぶれない生き方を通したところです。

絵は、ややアンリー・ルソーに似ているような、素朴で力強く高い才能を感じさせるものでした。調べたらルソーとほぼ同時代の人。ルソーが50才代から本格的な画家活動をしたとすれば、ピロスマニの方が先なのかも知れないなどと想像していました。

『ピロスマニ』.JPG


神保町といえば、

2015年12月04日

岩波ホール

今月で岩波ホールの会員期限が切れることがわかりました。ここは確か2年間で2000円の会費を払えば、毎回400円安く観ることが出来ます。ですので今夜は観に行ってこようと思います。上映中の作品は、グルジアのある画家の物語とか。グルジアは最近ジョージアと呼び方が変わって、アメリカの州と紛らわしいですね。

この主人公は、加藤登紀子の歌、『100万本のバラ』の中の画家と同じだそうです。勿論、加藤登紀子は私の世代ではありませんが、この歌は小さい頃聞いて何故か耳に残っています。感想はまた後日。

鴨の群れ.JPG


記憶と向きあう

2015年12月01日

12月1日になりました。先週だったか夜半に雨が続いた日の朝、針のような天気雨が降るなか、きれいな大きな弧を描いた虹を空に見つけました。そういうときばかりカメラを持っていなくてただただ見上げるだけでしたが、虹というのは不思議と希望を感じさせてくれるものですね。くすんだ気持ちも虹を眺めると明るくなります。

さて、今日読んだ新聞記事のなかに、「記憶」というものを考えるうえで興味深いものがありました。

それはフランスの精神科医で作家のボリス・シリュルニクさんという人へのインタビュー記事でした。彼は6歳だった第二次世界大戦下、強制収容所へ移送される途中に脱走し、家族が殺されたなかで命を得た子供でした。戦争終了後、その脱出劇は大人たちから信用されず、また言葉が凍りついてしまったようだったといいます。

そうして自分というものが、「友達と元気に遊ぶ自分」と「(社会に共有されない歴史を抱えた)心に秘密の暗いものを抱えた自分」、という2つに分裂していたそうです。

そして40歳代になり、社会のなかに負の歴史を受けとめようとする機運も高まり、公の場で過去の体験を語ることができるようになってくると、自分が一つに統合されていったようだったといいます。記憶を語れるまでに、社会と自分の成熟が実に30年以上もかかっているのです。

これは何も戦争のような大事ばかりでなく、日常生活における傷つき体験、喪失体験の記憶を語るということにも悲常に大切な示唆を与えてくれます。それは「周囲が話を聴けるということ」と「語るまでにその人なりの時間がかかる」ということであり、また現実(過去)を否認しても問題は解決しないということです。

シリュルニクさんは国が全体主義に陥らないためには「どのようなことがあったのか、記憶を繰り返し繰り返し語り続けて、そして考えていくこと」の重要性を説いていますが、「安心して継続して話が出来る場」というのは社会と個人双方に必要不可欠なものだと改めて思いました。

ラナンキュラス.JPG


どうしているかな。

2015年11月27日

ここのところお昼時間に三省堂、文房堂、ブックハウス辺りをうろつくことが多くなってきました。本屋さん、文具屋さんの店内は、随分キラキラと年末・新年へ向けた装いになっていますね。三省堂なんて本屋さんなのに、1階は小物やら文具などの売り場が目立ちます。お目当てのクリスマスカードを買ってきました。ついでに本も…。

今年もまた遅くなってしまいました。どうも季節を先取りして準備をするのが苦手。文通相手の子(クリスチャンの子)にクリスマスカードを送るのですが、インフラ事情から着くのは1月終わりか2月初め。遅すぎますね。だから新年の挨拶も込めます。子供たちの間で日本のドラえもんやキティが流行っていると聞いたので、キティものや文具なんかを少しずつ贈ったりもしているのですが、1回しか反応がありません(笑)。うーーん、本当にプレゼントが届いているのか心配。国が国だけに途中で没収あるいは行方不明なんてこともあるのかもしれません。

クリスマスカード.JPGのサムネイル画像


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